恐竜が佇む公園 訓子府町いずみ公園
ある日の夕暮れ時、道道50号北見置戸線を置戸町方面から訓子府町に向かって走っていました。市街地入口でふと右側に目をやるとななんと恐竜らしき人影いやシルエットが見えました。ん、見間違いか? 気になって通り過ぎた車を一旦止めてその場所へ。
公園の名は「いずみ公園」どこにでもある子供のための遊具を設置した普通の小さな公園です。その敷地に恐竜がいました。もちろん本物ではなく造形物です。それがけっこうリアルで巨大です。それも一体のみ。日が落ちてきたので長い影をひいています。まわりは鉄棒とかブランコ、滑り台等がある何の変哲もない公園。なのに恐竜だけが異彩を放っています。
後ろから見るとしっぽがかなり長い。後ろ足のつけねの皮膚がたるんでいたり肌の質感もよくできていて重量感もたっぷりです。
真横から見た全体のフォルムです。持ち上げた長い鎌首、どっしりとした四つ足。胴体から太いしっぽまで流れるようなボディ。長いしっぽの先までディテールもしっかり製作されています。グリーンに塗装されてたようですがほどよく剥がれ落ちていてかえってリアルさを増しています。
ほかに仔象と思しき小さな象が一体。こちらは出来上がりがイマイチです。ハナも何故か短い。巻き込んでいるのかと思いましたがそうでもないようです。象の肌質や質感は再現されていません。恐竜と比べるとその完成度には段違いの差があります。この2体のほかに造形物はないようですが恐竜と仔象の間になんか関係性はあるのでしょうか。ちょっと不思議な空間です。
道道50号北見置戸線はけっこう走っています。しかしこの恐竜があるのに今まで気がつきませんでした。かなり古い公園のようですが、いつからあるのだろう ? どういった経緯でこの公園に設置されたのだろう ? 疑問は絶えません。そこで訓子府町にメールで問い合わせました。
訓子府町からは丁寧な回答をいただきました。私の問い合わせのため貴重な時間を使わせてしまったようで恐縮しています。回答へは感謝の意を伝えましたがこの場でも重ねて感謝いたします。
以下、回答の要旨です。
かなり昔から設置されていたらしく、町史等の文献や役場OB等から聞き取りの結果、次のようなことが判明しました。恐竜を設置した経緯については資料等がなく明確にはわかりませんでした。推測ですが、いずみ公園は昭和56年10月に完成しています。昭和51年に三笠市で恐竜の頭部の化石が発見され、当時は「ティラノサウルス」類ではないかと鑑定されたことから、日本初の肉食恐竜化石発見と日本中に報じられ、52年に国指定天然記念物となりました。それをきっかけとして、昭和50年代には、日本中で「恐竜ブーム」が巻き起こりました。聞き取りでは、北海道内の多数の公園で恐竜が設置されたようです。ただ、現存しているのは管内でもいずみ公園程度かと思われます。仔象と恐竜の関係性については詳細な資料が残されていませんが、いずみ公園は児童公園として整備されたため、子供たちの喜びそうな造形物を選定したものと思われます。ちなみに、標茶町勤労者会館の近くの公園にも同様のものが設置されています。恐竜の名称は、「ブラキオサウルス」で 高さは3.8m、長さ8.0mです。素材は「FRP」でできています。
以上が回答の要旨でした。
ブラキオサウルスは全長25mとも言われていますので1/3スケールで製作されたものと思われます。画像検索をかけるといずみ公園のブラキオサウルスと最近の研究結果の画像とでは全体のフォルムが違って見えます。これは仕方のないことです。恐竜の肌は爬虫類的なものと考えられてきましたが最近の研究では鳥のような羽毛に覆われていたことがわかってきています。そのように研究の結果で判明することも増えてきます。また設置する関係で安全性も考慮すべき大きな要因ですので安定性を考えるとディフォルメも必要になってきます。そのようなことも考えてこのようなフォルムになっているのだと思います。でもこのブラキオサウルスは実在するかのような存在感があります。これはこれでいいのです。設置されてから40年近くになると推測されますが外部環境では劣化も心配です。安全性を考えると撤去すべき時期が遠からず来るかもしれません。道内でも貴重な造形物ですのでなんらかのかたちで残して欲しいと思います。できれば訓子府町の資料館「くんねっぷ歴史館」が新築されることがあればその館内に展示されればいいなと勝手に思ってしまいました。
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